楯築遺跡

楯築遺跡(たてつきいせき)は、倉敷市域北東から岡山市境を接するあたりに広がる、王墓山丘陵の北側に弥生時代後期(2世紀後半~3世紀前半)に造営された首長の墳丘墓である。円丘部とその両側に長方形の突出部をもつ特異な形をしており。同時期の自然地形を利用し盛り土を行った墳丘の規模では、全国でも最大級の大きさを誇ります。住所:岡山県倉敷市矢部

 

 岡山大学考古学研究室が行った発掘調査により、中心主体となる埋葬は、木棺の外側を木の板で囲んだ木棺木槨構造。木棺の底には、総重量32kgを越える大量の水銀朱が分厚く敷き詰められており、その上には鉄剣1口と勾玉や管玉、ガラス製小玉などの玉類が副葬されていました。また、中心主体の上部にあたる円丘部の中央付近には、おびただしい数の円礫が堆積しており、この中には特殊器台などの土器類や土製品をはじめとして炭や灰、また、旧楯築神社の御神体である旋帯文石(せんたいもんせき)と同様の文様をもつ小形の石など、数多くの遺物が含まれていました。

 

板状の巨石が聳え立つ特異なサークル遺跡は、吉備津彦命が温羅からの矢を防ぐための楯とも伝えられています。

昨今、NHK『ブラタモリ 2019.11.29』で紹介されてからは、パワースポットとして観光客も多数訪れるようになりました。


旋帯文石(せんたいもんせき)

昭和57年6月5日指定、国指定重要文化財

収蔵庫に納められているこの石は、かつて楯築遺跡の上に建てられていた楯築神社の御神体で、円丘上に今も残る小さな石の祠に長らく安置されていました。石の表面には、帯が円を描きながら複雑に絡み合う文様が彫り込まれており、その様子は収蔵庫の窓越しに見ることができます。正面には顔と思われる表現が浮き彫りにされており、地元では別名「亀石」とも呼ばれています。この不思議な文様を持つ石は他に類例がなかったため、その性格や制作時期については長らく謎のままでした。しかし岡山大学が実施した楯築遺跡の発掘調査で、旋帯文石と同じ文様を持つ小形の石(弧帯文石)が出土したことから、この石は、楯築遺跡と同じ弥生時代の終わり頃に作られたものであることが明らかとなりました。(倉敷市教育委員会より)

収蔵庫
収蔵庫