街散策ガイドー矢掛編ー


旧矢掛本陣

豪商石井家は旧山陽道18番目の宿場町矢掛で、酒造業を営み本陣職を務めました。その豪壮な構えは御成門、上段の間を備え、国の重要文化財に指定されています。

そもそも石井家は屋号を佐渡屋といい、寛永12年(1635年)に本陣職を命じられたと伝えられています。

本陣の建物は江戸時代中期に建てられてましたが、裏門・西蔵・酒蔵などを除き、本陣施設としての御成門・玄関・御座敷など主要建物は江戸時代後期(天保年間~安政年間)にかけて再建されました。敷地面積3,200㎡、間口約36m、奥行約90mになります。




大通寺庭園

矢掛の中西源兵衛が江戸時代後期に築いた池泉観賞式庭園。石組みがすばらしく、石寿園とも呼ばれています


高野山真言宗 多門寺

1533(天文2)年に法印精良上人が開山し、1812(文化9)年の大火で本堂を焼失しましたが、古くからの言い伝えによれば、弘法大師自作の大師像は、自ら本堂より抜け出て難を逃れたとされています。眼病にご利益ありということで、多くの参拝者で賑わっており、毎年8月21日には、大師の祭りが行われます。

1815(文化12)年に再建された本堂は、明治中期から大正元年まで矢掛町役場としても使われていました。